海 外 ド ラ イ ブ

大地に吸い込まれてしまいそうな直線路、天空へ駆け上がるようなワインディングロード

グッとアクセルを踏み込んで進む、その先には ・・・

このブログのスタートは 5/18/06 付の「きっかけ」です。 海外ドライブの実用的な

TIPSは主に前半部分に集まりました。  ご参考になることでもあれば幸いです。

Bon Voyage & Safty Driving!

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忘れ難き友

2006-12-20-Wed-19:36
2006 年も、いよいよ年の瀬です。 ここ数年の内に、台湾、インドネシア、フィリピンと、家族ぐるみのお付き合いをしていた大切な友を次々に失ってしまいました。 その中の一人は、いくつもの銃弾を体に浴びての憤死です。 一年を締めくくるにあたって、長く心の支えであった彼らとの出会いをもう一度振り返るのも、又、意義のあることかも知れません。

友人との懐かしい思い出も、やはり車が絡んで蘇ってきます。

台湾の友人は、念願であった「故宮博物館」に車で運んでくれたことがありました。 私がジックリと気がね無く鑑賞出来るように、数時間後に迎えに来るとの約束で、私を置いて戻って行ってくれました。 「何の気も遣わないでいられる日本からの客は、おまえくらいだ!」と、流暢な日本語でチャンと気を遣ってくれる彼の気持ちは、いつもシッカリと伝わっていました。

フィリピンの友人は、私が日本に戻った時に、一緒に付いて来てくれたことがあります。 私の車で、おしゃべりをしながら暗く狭い道を走っていると、ヘッドランプを煌々と照らしながら対向車が迫って来ました。 私が友人に、のんびりと「車線無視で車が来るよ!」と言ったら、いつもは冷静な彼が、さすがに慌てて「無視しているのはおまえだ!」 私の頭の中は、未だ「日本走行モード」に切り替わっていなかったのです。

インドネシアの友人は、小さな文房具店から身を起こし、ついにはコンピュータソフトの業界にみごと転進して、同国内の経済界でも時の人として話題に上がるようになった矢先の惨事でした。 彼と初めて合った頃には父親の彼にまだ手を引かれていた娘の、元夫の凶行でした。

The Jakarta Post on September 13, 2003

彼がまだ事務機販売店の社長であった頃、ジャカルタの郊外、いなか道に沿った粗末なレストランで一緒に昼食をとったことがありました。 生けすに飼ってある魚を料理してくれるのですが、その生けすがまるで泥水。 背ヒレが水面から出ているので、そこに魚がいるのがようやく分かる始末です。 それでも、その店独特の調理法で仕上がった料理は本当においしく、楽しくいただきました。

数年後、彼が「もう、あのレストランには行けないよ!」と言います。 「どうして?」と尋ねると、「ハイウェイが出来て、あの道は通らなくなってしまった!」 ジャカルタだって変わるのです。
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