海 外 ド ラ イ ブ

大地に吸い込まれてしまいそうな直線路、天空へ駆け上がるようなワインディングロード

グッとアクセルを踏み込んで進む、その先には ・・・

このブログのスタートは 5/18/06 付の「きっかけ」です。 海外ドライブの実用的な

TIPSは主に前半部分に集まりました。  ご参考になることでもあれば幸いです。

Bon Voyage & Safty Driving!

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バレ・パーキング

2006-06-25-Sun-23:17
「別に海外でなくても、国内のホテルでも同じだろう?」と言われると、「そう、そのとおり。」と答える他ありませんが、先ずはホテルへのアプローチすら結構とまどいました。 既にお話しした通り、「右側走行」の国では、車回しは "逆" 時計回り。 気が付いたら、入口を通り過ぎて既に出口、何度やり直したことか!

それでも気をとり直して、ようやくクラシックなホテルの玄関に車を横づけ。 にこやかに現われるベルキャプテンに、おもむろに「バレ パーキング」と告げ車のキーを渡す。 時には、カッコ良く決めたいものです。

Manila Hotel

とりわけ夕方、チェックイン客や食事の客が集中する時間帯には、玄関前のスペースも結構混み合っており、手慣れたベル君によって車を素早く移動させる方が、ホテル側も有り難いのかも知れません。

いつもは? そうモーテルです。 管理棟の前に車を止めてチェックインを済ませると、モーテルの見取図の上に泊まる部屋のところに印を付けて渡してくれます。 再び車に乗って、部屋の真ん前に車を止める。

ここでようやくホッとして、一日の疲れが全身にドッと ・・・ 早く熱いシャワーと広いベッドへ、と思ったら、夕食のとり忘れ! 再び、車を運転して、近くのレストランを捜すハメになりました。

これに懲りて、通常は少なくともレストランのあるレベルのホテルを予約することにしています。 テーブルに一人ポツンと、も様にならないので、カウンターに座り食事をとりながら、バーボンのオンザロック! 私は、これでようやく満足です。
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ナイトライフ

2006-06-02-Fri-00:30
もうズッと昔のことになってしまいましたが、シンガポールで、友人の運転する車に仲間たちといっしょに乗って、夜の町中を走っていました。 観光客も殆どいなかった時代で、夜になると町は本当に静かでした。 もともと、そんなに広い町でもないし、若者の溜まり場もおのずと限られています。

友人はその一つに入ろうとしましたが、先に停まっている車を見て「アー、アイツが来ている ・・・ 別のところにしよう。」と、ハンドルを切ってしまいました。 我が友人たちは、若くてもトップセールスマン、高給取りです。 彼らの所属する会社はたとえ違っても、乗っている車の車種と車番は互いに知っているのです。 きっと今は日本でも、アチコチでこんなことが起っているのでしょう。

そう言えば、マニラでも日本人の夜の行状はバレバレです。 どのお店の前にも車が一列に並んでおり、その上、おおかた日本人の行く場所は決まっていて、通りを一走りするだけで、誰が何処にいるかすぐ解ってしまいます。 既に話したように、車種は限られているのですが、よく会っている人の車だったら、ヤッパリ色や車番は自然と頭の中に入っているものです。

カラオケで演歌 ・・、カタコト日本語のお相手 ・・、これでは日本とチットも変わりません。 「全然、面白くない」と言われないように、ここではマニラの中心街を抜けてグッと外れたところにある「レストラン & バー」を一つ紹介しておきましょう。 名前は "Trelis" (トレリス)、町の東北部、ケソンサークルに近い住宅地の中にあります。 屋根はニッパ椰子葺き、窓も無い吹きっさらし、勿論、エアコンなんてありません。

それでも、とびっきりの地元料理や魚料理を出してくれます。 殆どのお客は、近くにある大学の学生や教師、それに、わざわざビジネス街から繰り出して来た地元のヤングエクゼクティブ。 明るく賑やかな雰囲気の中で、楽しい一時を過ごすことが出来ます。

☆ ☆ ☆

社員旅行

マニラ郊外の小さな工場で、従業員親睦の遠足をしようということになりました。 外国の工場で、かようなイベントは殆ど無いはずですが、フィリピンの会社は何故か日本的です。

先ず、場所探しです。 工場から 30 分ほど、南高速道を降りた先に、ロスバニョスという町があり、そこには温泉があります。 唯、何となく暖かい程度の温泉ですから、「頭にタオルを乗せて極楽、極楽 ・・・」といった雰囲気はありません。 おのずと温水プール代わりになっています。

部屋を取り囲むようにプールのある小さな宿泊施設を見つけて交渉開始。 夕方 6 時から翌朝 6 時までの 12 時間を全館貸し切り、食事や飲み物は全て持ち込み、自炊ということになりました。 車数台に、食材、飲み物、それに人をギュウギュウに詰め込んで出発です。

食事はプールサイドで、手っ取り早く肉や野菜のバーベキュー。 若いメンバーですから、出来上がるより先におなかに消えていきます。 ビールもケース単位で空になっていきました。

食べくたびれたらプールに飛び込み、車のラジオから流す音楽で踊り出す。 さすがに私は途中で引き上げて寝てしまいましたが、結局、朝まで賑やかな声が途切れることはありませんでした。

日本でも、満開の桜の下の宴会など、新入社員は準備に大変なようですが、会社のお仕着せ旅行となると、とりわけ若い世代には全く人気がありません。

日本の会社社会では、次第に消えていくであろう恒例のイベントも、おそらく、この国ではしばらく続くことでしょう。

「通り」の名前

2006-06-01-Thu-00:30
東京で私の車に同乗していた外国の友人から、とっさに「この道の名は?」と聞かれ、返事に困ったことがあります。 確かに、名前の付いた大きな道から一つ入っただけで道の名前は無くなってしまいます。

これに比べ、例えばアメリカでは、通りの名前と建物番号だけ、番号も道の左右で奇数と偶数にはっきり別れていますから、お家を捜し出すのは、いとも簡単! お家に近付くにつれ一つおきのカウントダウン。 "And, here we are!!"

日本人が外国で運転することをいやがるわけを、「標示板の意味が解らない」と言われたことがありますが、その大半が「通り表示」か「地名表示」ですから、初めてであれば誰だって解らない。 日本だったら、時には読み方さえ解りません。

東北のある地方の町で通りを抜けていたら、「市内 xx 町」という標示板が目に留まりました。 「xx 町」まで丁寧に教えていただいても、ヨソ者にはくだんの「市」の名前を知らないのですから殆ど意味がありません。 市長さん、ケチしないで市名もちゃんと入れて下ださい!

さて、マニラの通りの名称は、スペイン語系の人の名前で占められています。 大きな道、古い道順に、先ず歴代の大統領、植民地時代に当時の為政者に抵抗した軍人と続いているようですが、お札に描かれている人くらいならまだしも、次から次に現われる当地の著名人など、勉強不足の私には解るわけもありません。 

その上、フィリピンの人々は何と大らかなのでしょう! この地を征服したスペインの指揮官を含め多くのスペインの為政者の名の通りも混在しています。 はた又、この国で国父と呼ばれている ホセ・リサール のガールフレンド(夫人ではありません。)まで ・・・、たいそう賑やかな通りの名前です。

それでも、ホセの日本の恋人「おせいさん」の名前の付いた通りは、まだ見当たりません。

問題なのは、同じ通りの名が、あちこちにあること! たとえば、どちらの「キリノ通り」ですか、と確認しておかないと大変なことになります。 それに、誰でもが古くからの「通称」で呼ぶ道。 地図を開いても見つけることは出来ません。
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